掲載ページ:えきすぽそうし
掲載日:2025年7月上旬

大阪・関西万博で撮影した写真に琉歌を添えようと思い立ち、七首作成して一週間ほど掲載したのが【えきすぽそうし】です。琉歌は超初心者ですが、素人なりに感じたことを歌にしました。

万博会場でこの旗の群れを見た時、当たり前ですが「みんな同じ丈」だと感じました。そこからインスピレーションを得て、 ”隔てるものは無いのだから、見て、聞いて、考えれば世の中は変わる” という内容の琉歌を作りました。万博やオリンピックなどの大きなイベントがあると初めて見聞きすることが必ずありますし、馴染みがない国について知ることもできるので、色々と感じ考えてしまいます。オリンピックを会場で直接見た経験は無いのですが… (笑)。

最近、東洋の思想について読んでいてアレコレ思うことがありました。自分が理想とする世は実現しなかった、という思いを抱いて世を去った思想家・宗教家は多いはずです。「自分が〇〇したい」のみでは世は変わらない、たとえそれが万民のためであっても、ということなのでしょうか。それでも二千五百年以上経った今なお人々の心に響くものがあるというのは素晴らしいと思います。翻って現代はというと、思想・宗教云々どころか、西暦4000年に人類は存在しているのだろうか、果たして地球はまだあるのだろうか、といった感じがします。一個人が頑張ったところで変化は起きない。それじゃ、広く呼び掛け共感を得て仲間を集めれば万事うまくいくのかというと、そうでもないらしいことは歴史を見れば分かる。本当に難しいですが、「誰かさんが笑顔になるかも?」といった小さな、しかし楽しそうなタネを見つけて拾っていくことは、一個人でも続けられそうな気がします。

遥か昔の思想家・宗教家のみなさん、ありがとう! 皆さんが残した考えに触れるといつも、自分なりに考えてみようという気持ちが湧いてきます。そういえば万博で旗を見て琉歌を作ったなぁと思い出した、閉幕から1年後の、とある日常でした。

掲載ページ:ちむぐくるnote
掲載日:2024年12月10日

samurai

タイトル:「侍タイムスリッパー」 に心動かされ、会津の歴史を探す

時代劇をこよなく愛する映画人たちが作った「侍タイムスリッパー」。主演を務めた俳優:山口馬木也さんの殺陣シーンには引き込まれました。現代にタイムスリップした幕末の侍が、何とか今の生活に適応しようと奮闘する様子もコミカルで、とても楽しい映画でした。なぜ今この話題を持ち出すのかと申しますと…。

現在放送中の大河ドラマ「豊臣兄弟」で、前田利家を演じている俳優:大東俊介さんが、山口馬木也さんとの殺陣シーンについてテレビで感想を述べていたのです。「馬木也さんとの殺陣は、一手一手が刀を通した”会話”のようだった。」若い俳優さんに時代劇の伝統が受け継がれているような気がして何だか嬉しくなりました。

侍タイムスリッパーが上映されていた当時、監督さんはもちろん、制作スタッフさん・俳優さん達のエピソードが色々と語られていました。監督が借金までして映画を作ったというのは有名な話ですが、ポスターに使用した写真について監督が次のように話していたのが印象に残っています。「主演に山口さんを起用するのは決まっていたが、まだ正式決定では無かったため宣伝ポスターはどうしよう…と悩んだ。とにかくお金も時間も無かったので、生成AIに『現代社会にタイムスリップした侍の画像を作って』とお願いしたら結構いい出来だったので、それを使うことにした。」ちむぐくるnoteで使用した画像は、その上にカチンコを付け足したものです。

映画の中で主人公(山口さん演じる本物の侍)が「無念の思いで死んでいった者たちに申し訳が立たん。」と絞り出すように言っていたのが印象的で、帰宅後、ネットで会津藩の歴史について学びました。新政府軍との戦いに敗れた後、生き残った者たちがどれだけ悲惨な生活を送っていたか…。その一端を知ることができたWebサイトを外部リンクに選びました。

悲しい歴史を忘れずに気にかけていた人、これまで時代劇を作ってきた人、時代劇への愛だけで無謀な挑戦を始めた人を支えた人、たくさんの人たちの想いが詰まっている映画です。映画とテレビ、場所は違いますが想いが受け継がれていくのって、いいですね。

掲載ページ:ちむぐくるnote
掲載日:2026年1月4日

タイトル:見知らぬ方へ、おすそわけ

手話を学ぶために利用している動画教材で、例文の中にバリヒンドゥー教の風習「チャナン」が出てきたことがありました。「インドネシアに旅行に行ったら道端に色々置いてあって、めずらしくて写真を撮った。」という内容です。動画を見た時には、チャナンを知らなかったこともあり単純に旅行の話だと思っていたのですが、授業の中でインドネシアの風習だということを知り、興味が湧いて帰宅後にネット検索しました。

沖縄では「ミンヌク」、県外では「水の子」と呼ばれる餓鬼や無縁仏へのお供え物。チャナンの様式はこれらと少し似ているようですが、お盆限定ではなく毎日捧げるお供え物なのだそうです。上に置いたものは神様への感謝を表し、地面に直接置かれたチャナンは悪霊への捧げもの、ということで二種類のお供えを用意する点は似ています。

神様も仏様もご先祖様も、餓鬼も無縁仏も、見えない存在です。天使や妖精、精霊、妖怪に悪魔、名前や特徴は違いますが、み~んな、面識のない方々です。人間は大昔から見えない存在と共に生きてきた、このことをスーッと受け入れることができる人は素敵、いつもそう思いながら生きています。

「ちむぐくるnote」の外部リンクでは説法を選ぶこともありますが、「〇〇という宗教は素晴らしい。」などと言うつもりは毛頭ありません。信仰する宗教や文化の違い、そもそも無宗教、解明できないものは信じない、など人を分ける要素は色々ありますが、「間違い探し」よりも「似ているトコ探し」の方が、楽しくて人生を豊かにすると思います。「KWAIDAN」を書いた小泉八雲さんも、きっと賛同してくれるに違いない。もうすぐシチグァチなので色々考えてみました。